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ハードレインオープンカフェ店主、詢平君が送るSuperPsychedelicな哲学的無駄話…だぜ!
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La Strada 「道」
とーとつだが、俺は「泣ける○○」という言い方が大嫌いだ!
「泣ける映画」とか「泣ける話」とかな。
それって「抜ける」と同じ発想だろ?
人が涙を流すという事を「抜く」と同じ次元にしちゃってるよな。
「抜ける」って言い方はそれはそれでいい。正直な言い方だとも思う。
溜まったから抜きたい。それはただの排泄だ。
「感動とともに抜けるAV」とか「抜ける深イイAV」とかいらんもんな。
でも泣くって行為はそれと同じじゃないだろ?
とにかく、人が涙を流すという事を単なる排泄行為みたいな言い方をする薄っぺらい風潮に我慢ならないよ。

でも、そんな時代なのかなー。
多くの人が涙を溜め込みすぎてて、涙を「抜きたい」のかなー。
涙の便秘状態。
今に「下抜き」「上抜き」なんて言葉が出て来たら恐ろしいよな。
「いやー、昨日抜いて来たよ」
「え、どっち?下?」
「バカ、上に決まってんだろ」
みたいなw

鬱になると涙が流せなくなる。
また、涙を遠ざけすぎると鬱になる。
だけど人間は、悲しみを嫌いすぎ、孤独を恐れすぎて、涙を遠ざけちゃってるのかもなー。
だから、「泣ける○○」が必要になってきちゃうのかな。でもそれでいーのか?

涙は不思議な液体だ。
それがわき出すのは悲しいときだけじゃない。
うれしいときも、怒れるときも
感情が心から溢れる時に、涙も溢れる。
そんときの人間は一番正直だ。

俺は若い連中に演技を教えてかれこれたつけど、人に教える時、いつも最初に聞く事がある。
「感情って成長するって事知ってる?」
すると相手はほぼ100パー、こー答える。
「そんな事、考えた事もなかった」
まー、そらそーだよな。俺もそーだったし。

誰もが身体が成長する事は知ってるし、知識を豊かにしていける事も知ってるけれど、
感情を成長させようって発想はあまり持たないんじゃないかな。
でも、成長して成熟した感情の事を「愛」って呼ぶんじゃなかろうかと、
最近ウスウス気付いてきた。

そういう意味では、映画「道」は主人公ジェルソミーナの感情の成長を綴った物語とも言える。
(やっと映画にふれたー!!)
一方、いっこうに成長しないもう一人の主人公ザンバノの愚かさを描いた物語でもある。
「泣ける映画」ではない。きつい映画だ。でも誰もがきっと泣いてしまうフェリーニの名作だ。
古い映画だけど、いっこうに古くならない。大好きだなー。

映画監督のクローネンバーグがTVのインタビューで監督になろうと思った動機を聞かれて、こう答えていた。
「ある時、映画館から大勢の客が出てきたんよ。そしたらほぼ全員がハンカチで涙を拭いていてさ、
映画ってそんなパワーがあるのかと思ったんよ。その映画がフェリーニの「道」だったんだ」

初めて観た時、俺も泣いた。
我欲に生き、愛情に乏しい愚かな男、ザンバノも最後に泣く。
それは後悔の涙であり、気づきの涙でもある。ザンバノが正気に戻った瞬間だ。
それを目の当たりにした観客は、自分の涙を抑えられなくなる。
自分とはかけ離れているはずのザンバノの気持ちがわかってしまうからだ。痛いほど。

涙はどこから来るんだろう。源泉はどこにあるのか。
そんなことを考えるきっかけになった映画だ。

また、あらすじも何も書かなかったー! まーいーべ!
とにかく、白黒だし、3Dでもないけど、宝石みたいに綺麗な映画だ。
ニーノ・ロータもたまらんぜ!
んじゃ、またにゃ

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